2016年5月20日金曜日

2016.5.19(木)  (第20回)美作の史跡を歩く会 日本で4位・9位の古墳を歩く

2016.5.19()  (第20回)美作の史跡を歩く会 造山作山古墳とその周辺 
津山⇒造山→造山古墳⇒風土記の丘→備中国分寺→こうもり塚古墳⇒角取山古墳⇒作山古墳⇒津山

晴れ 1/11人 5,949歩 約3.6km 2:45 
造山古墳



作山古墳

美作の史跡を歩く会へ参加してきました。今回は吉備国の古墳を巡る会です。 
今日の目的、つくりやま古墳は二つあって、「ぞうざん(岡山市)」と「さくざん(総社市)」とに言い分けているそうだ。

造山古墳は344mの規模があり全国4位、作山古墳は9位と吉備の国の繁栄を物語っている。上位3つの古墳は陵墓(仁徳・応神・履中天皇)で、一般に公開されていない。
造山古墳は登ることが出来る最大の古墳である。
吉備国王と造山古墳

千足古墳を望む

阿蘇の石で出来た石棺

後円部へ縦走

まず、造山古墳の駐車場へ集合、整備された遊歩道を登って行くと、南側の前方部に、石棺が置いてある。Y講師の説明では、九州阿蘇の石で作られた石棺、この古墳のものでないそうだ。誰が、何のために運んだのでしょう(?_?)・・・

方形の端は切れ落ち、丘を3段に切し成形されたようだ。向こうの丘には直弧文で有名な、国指定千足古墳がブルーシートをかけられて横たわっている。
直弧文(レプリカ)

続いて墳丘の上を後円部へ縦走する。一度下ってくびれた鞍部に、そこから急斜面を登ると円形の広場が広がっている。
後円部から吉備国を見下ろす

鬼の城が望める

高松稲荷の大鳥居が望める

後円部の上に築かれた土塁

下りに向かう

ここには戦国時代の砦跡があり、土塁が積まれている。秀吉の高松城水責めの時は陣地があったそうだ。北には高松稲荷の大鳥居が見えている。吉備国の中心が目前に広がっている。

駐車場に戻り昼食後、総会が開催され新会長が就任された。次に訪ねる備中国分寺は五重塔で有名な観光ポット。観光客の方や絵画教室の方など大勢の人が風景を楽しまれている。
吉備国王と一緒にお昼







我々も人ごみに交じって見学させてもらいます。現在の国分寺の下に古い国分寺跡があり、南門・中門・築地などが発掘されているようだ。






説明を受ける参加者




石室内部

石棺

羨道から外を望む

次に見た、こうもり塚古墳は、国分寺の東側に位置している。後円部に横穴式の石室があり玄室には巨大な石棺が横たわっている。講師の話では造山のように竪穴式の古墳での被葬者は1人。ここのように横穴式石室の場合は被葬者は複数で、代々墓の起源になっているようだ。
角取山古墳西側の石室跡

角取山古墳説明

角取山古墳と大松

次に訪れた角取山古墳は、市指定の文化財。今まで見てきた国指定文化財と比較すれば規模は小さいが、未発掘で墳丘もよく残っている。頭頂部に約450年生の巨大な黒松が生え、こちらは県の天然記念物に指定されている。
作山古墳に登る

クヌギと赤松の林
作山古墳説明

木陰を後円部へ進む

作山古墳の説明

最後に国指定の作山古墳を訪れ、ちょうど花をつけたネジキや若葉のクヌギの森を抜け、前方部から後円部へ縦走する。ここも自然丘陵の端を切り取って成形され、前方部の下端が道路になって駐車場へ通じている。

墳丘全体が樹林におおわれ、木漏れ日が心地よく後円部まで導いてくれる。日差しが強いのでここの樹林はとても有難い。頂上では、皆さんそれぞれ古代吉備国の繁栄を想像され、日本の古代史に浸っておられた。

今回も史跡を訪ね、我々の文化のルーツを探索してみた。自然と共生して来た日本文化を、後の世代に引き継がねばならない、思いを深める会になりました。

お世話くださいました、運営委員の皆さま、そして講師のY氏、有難う山でした。
(._.)

家に帰ると、NHK岡山 モギタテ放送で三国山ブナ林のピクチャーが採用されました(^O^)/
NHK岡山 モギタテで採用された
三国山 ブナの新緑ピクチャー
今日も1日楽しく遊べました ありがとう³山でした・・・
投稿37枚でした。

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