2018年5月22日火曜日

2018.5.22 伯耆往来踏査 百乢ー養野

2018.5.22 伯耆往来踏査 百乢ー養野

22℃ ↑383m ↓331m 4.5㎞ 6,957歩 2時間10分

13:15養野Ⓟ13:25→13:31舗装林道分岐→13:46登山道林道分岐→14:14百乢14:20→14:55津山元標15:05→15:17砂防ダム→15:21舗装林道分岐→15:30ⓅG



今日までが晴、明日は崩れる予報。昼から先日情報を戴いた、津山元標踏査に出かけてきた。連れがボランティアへ出かけるというので、一緒に家を出たら、カメラを忘れた。

今日は見付けられるかどうかわからないので、とりあえず下見のつもりでいっか\(◎o◎)/!
見付けられたら写メで証拠写真にすればいい。

東養野最奥の水田上に猪ゲートがある。カギはかかっていないので奥に進めるが、ここに駐車して歩き始めた。

ゲートを入ると立派な舗装林道が伸びていた。後でわかったことだが、この林道は上にある砂防堰堤の取水施設の管理道の様だった。

舗装林道をしばらく登ると、山道との分岐が現れた。地形図からここで舗装林道とお別れし、やや急な山道を登って行く。

車の轍が残っている。それも新しいものだ。こんなところまでと思っていたら、猪の箱罠が仕掛けてある。昨日・今日のような撒餌がしてあるが、獅子は掛かってない。

いずみやま管理人は道なりに山道を進むが、なかなか元標に出会えない。しばらく登ってGPSで確認、道を間違えている。

100m程下り、地形図の百に向け植林の中を登って行く。
左上に旧道らしき跡が見えて来た。倒木の植林を横切り、旧道の跡に乗った。すでに百直下だが未だに津山元標は現れない。

1度ジグを切り上り詰めると、切株が重なった百の下側にぶつかった。道下の藪漕ぎが少し大変だ。足元が不安定な所で突然マムちゃんが、笹をつかもうとしてぞっとした。

ここは下りでも1匹出て来た。たまり場になっているのか(@_@)な…

の6m林道に出てほっとする。早速お地蔵様に参り、証拠写真を写メで撮る。ここの地蔵様はお顔が無い。廃仏毀釈運動のせいかどうか知らないが、故意に削り取られた感じがします。

貴重な道標なのだが、時代の流れの中では色んな目に遭ってきなさった様だ。人が歩いて越えていた百乢に、明治以来やっとモ―タリゼーションの波が来ている。

乢に着いたら、泉岩神社を回って帰ろうかと考えて登ってきたが、目指す元標は見付けられなかった。

で、下りはさっきの古道に沿って踏査しながら下ってみることにした。すると、明治の道跡がそこここに続いている。

竹の杭が刺さっていたり、ピンクテープで案内があったりして、古道の案内がなされている。登った道は谷底を登っていたが、この道はなるい尾根ルートになっている。
石積が残る旧街道跡

古道沿いの段々になった水田跡に石垣が積まれて、道の跡が確り残っている。津高のプレートもちょこちょこあるので、つい最近までこの古道が登山ルートに成っていたのだ。

水が流れている道の跡があり、ふと見ると植林の笹に埋もれた石柱が見えた。有ったあった\(^o^)/やっと見つけた。






笹を刈って、津高のプレートも並べて証拠写真の撮影だ。
「西々條郡藤野字百谷」と彫ってある。反対側には「明治7年1月検査」と彫られている。正面は「距 津山元標五里」だ。

目標が達成出来、気分を良くして古道を下る。砂防堰堤に出ると舗装林道が上って来ていた。後はさっき分かれた分岐へ下り、駐車地を目指すだけだ。
津山元標? (津山博物館前)
距 津山元標 壱里



明治5年9月検査

帰って、旧市役所へ移転された元標を見に行ってきた。
今日はカメラを忘れたのが残念です。記録画像が少なくて済みません。詳しい画像が津山瓦版津山元標5里に掲載されていますので、そちらでご覧ください。

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